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もうすでに話題は一巡してしまった感じだが、18日ジミン党の中川秀直幹事長
閣僚・官僚は総理に対し絶対的な忠誠、自己犠牲の精神が求められている。自分のことを最優先する政治家や、出身省庁を大事にする官僚は内閣・官邸から去るべき 首相が入室したときに、起立できない政治家、私語を慎まない政治家は、美しい国づくり内閣にふさわしくない とした発言が話題を呼んだ。 これについて実は 大道廃れて仁義あり (人として行う道を見失うから「正義」だの「愛」だのの言葉が行き交う) 六親和せずして孝慈あり (親子、夫婦、兄弟が不和だから「孝行」や「慈愛」だのの言葉が行き交う) 国家昏乱して忠臣あり (国家が混乱するから忠義だのの言葉が行き交う) なんて書こうかと思っていた。さらに思い出せば去年こんなことがあった。 ◆ 国民をなめてんのか 規律自体は大事なことだ、では、教育基本法審議の時のあれはなんなのだ? 閣議の前の私語の何が行けないのか、審議の時の新聞を読んでいるような、しかも戦後の総決算として行われるはずの教育基本法審議のときに国民をなめきった態度であることに問題はないのか。ジミン党というのはここまで堕ちた集団なのか、と改めて怒りを感じる。 ◆ 人心荒廃有自民 私は老子の言葉に続けたい。 大道廃れて仁義あり 仁義廃れて礼節あり (さらに進んで正義や愛すら意味を持たなくなればあとは外面や見てくれだけになってしまう) やっと今日の本題である。 人心荒廃して自民あり ありもしない恐怖に乗せられて、他国を民衆ごと憎み、弱い者同士が相互不信に陥って社会が保てなくなり、何でもいいからとお上にすがりたいと思うほど人心が荒廃したとき、ジミン党が現れる。 実はここまでを3日ほど前に書いてまじめに反応しようと思っていたのだが、一昨日あたりから何となく違う気がしてきた。 ◆ 実はもっとも「忠臣」でないのは中川さん? マトモに考えれば、仮に閣議前の私語がまずい、としても、このような事態をわざわざ国民の前で指摘する必要はないはずで、ひっそりと、もしくは個別に「国民の手前、今後こうしない?」とやるはずだ。わざわざ講演会で指摘したのは、 安倍のリーダーシップのなさを満天下にさらしてみせる 同時に自分が安倍を恐れない存在であることを誇示する シンボルや権力的規律への従順をアピールする教育現場への牽制 国民をなめていることも誇示している? という、政治的な意図を持ったものではないのだろうか。 その後、 自民党の中川秀直幹事長は22日、党本部を訪れた安倍首相に「少し言い過ぎましたかね」と述べて閣僚の規律の緩みに苦言を呈した自らの発言を陳謝した。首相は「心配には及びません」と応じたが、中川氏は「また言うかもしれませんよ」と冗談めかして続けた。 asahi.com22日より。 となったらしい。「また言うかも」なんて、本当に首相を小馬鹿にしたような態度で、もちろん陳謝にも何にもなっていない。このやりとりで何となく政治家というのは、つくづく「失言」はしないものだと思った。 「心配には及ばない」というのは、発言のことを気にしなくていいといったのか、自分のリーダーシップについて心配してくれなくて結構だ、余計なお世話だ、といったのか。そして、中川は後者については心配であると考え、また言う、と冗談めかして言う。 なんの中身もない、自分たちの安定だけを求める集団というのはどこか似ている。 「ごめんなさいねぇ、うちの子お宅でご飯頂いちゃったみたいで、その日お宅が松茸ご飯なんてきがつかなくってぇ」「あら~ん、いいわよぉ。おたくの○○ちゃんも、目の色変えて食べてくれてうれしかったわ~」みたいにチクチクやっているんだろうか(なお、この話は実話。やだ~、こわいわ~ん)。
by luxemburg
| 2007-02-23 06:02
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