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by luxemburg
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九条の会



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クリスマスと死刑
 クリスマスに4人も死刑を執行したことに抗議するエントリーは私だけでなく、多くのブロガーが書いているところだが、それに対して「反対派は、死刑そのものに反対なんでしょ?クリスマスなんて関係ないじゃない。それともクリスマス以外にしろといいたいの?」という揶揄があちこちに書き込まれている。



 当たり前のことだが、「クリスマスに死刑なんて」と主張することは、「クリスマス以外の死刑ならよい」ということではない。ただ、同じ死刑の中でもとくに残虐さがあらわになったと言っているのだ。
 たとえば「核兵器を使うなんて」という人は「核兵器以外の殺戮ならよい」と主張しているわけではない。戦争の行き着く先が残虐な兵器による無差別殺人であることを核兵器の問題を通じて考えて欲しいと問題提起しているのだ。

 死刑とて同じである。本来は、被害者の応報感情、「憎いから殺す」「やられたからやり返す」が根本にある。その気持ちが生ずることは十分あるだろう。私はその場になっても自分にはそういう感情が生じないだろうと今は思っているが、実際に被害者の遺族になった場合にはわからない。しかし、私が個人的に持った感情、「お金がないけどあの商品が欲しい」「あのきれいなお姉さんと仲良くなりたい」というような感情、もちろん是認されないに決まっている感情に社会がお墨付きを与えて支援してくれなくてよい。私が持つ各種の感情のうち特定のものに国家が「同情」して援助してくれるというのは、私に同情すると言うより私を利用して何かをたくらんでいるのだろう。
 そのたくらみが制度となって、やがてその制度の維持が自己目的化してくる。執行ゼロにしたくない、今年中に何とか、というお役人的な都合でまるで予算を使い切るような感覚で数あわせの大量殺人をする。
 市民は自分が加害者でも被害者でもないから殺せと叫び、裁判官はどうせ自分が手を下すわけではないから、批判を受けないために死刑を宣告し、官僚も死刑という制度があるから消化しなければならず、刑務官は命令だから相手を憎くもないが殺す。正義に基づくでもなく、憎いでもない。しかし無表情に国家による殺人が続く。核兵器は熱地獄、死刑は氷のように冷たい寒地獄。クリスマスの執行に死刑制度の行き着く先が見えたような気がする。
by luxemburg | 2006-12-26 21:27
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