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スーパーサイズ・ミー----カルチャー・ジャマーの挑戦(1)
 「スーパーサイズ・ミー」は、2004年の話題の映画。
 30日間、マクドナルドのメニューだけで過ごしたら人間の体はどうなるか、の実験映画だ。33歳のモーガン=スパーロック監督自身が実験台となり、毎日のメニューと食事の様子を紹介しながら、その合間にアメリカの食生活の問題点、消費者を誘う企業のやり方、アメリカの肥満の現状など、インタビューも交え、進行していく。



 最終的には体重その他理想的だった彼の体がぼろぼろになっていく。肉体的にも精神的にも危機的な状況に追い込まれていき、医者は実験を中止するように進言するが、結局最後までやり遂げる(公式サイト)。
 スーパーサイズとはもちろんメニューの中のスーパーサイズで、ファーストフードのメニューがどんどん大型化していき、大量消費を促すようなものになっている以上、そのまま食べてやろうではないか、とスーパーサイズを勧められたらそれを注文するというルールを表している。もちろんその結果アメリカ人の体型に起こったことをも表しているのだ。
 詳しくは是非DVD、ビデオを見て頂きたいが、結構こわかった。こんなことになるのか、という驚きの連続だったが、ただいえることは医学的な根拠ある実験としてみないということだろうと思う。
 実際この映画のあと、マクドナルドの支援を受けてかどうかは知らないが、何人もがマクドナルドのメニューだけでカロリー制限をしながらダイエットに成功した実験もあり、要は「付き合い方次第」ともいえるからだ。マクドナルドに行っても小さいサイズを注文すればいいし、セットだからトクだ、とばかりに別に食べたくないフレンチフライまで食べなければいい、「ご利用は計画的に」ということだろう。
 しかし、我々だって"計画的な人間はあなたの会社を「ご利用」しないだろう"と突っ込みたいわけで、果たして個人の問題といえかどうかは怪しいところだ。

 本題はここからで、この映画の価値は医学的な正確さというより、「カルチャー・ジャマー」の一つの手法にあるのではないかと思う。カルチャー・ジャマーとは、Buy Nothing Dayなどの動きの元になっている運動だ。彼らは、グローバリズムの怖さは、単に地域経済が飲み込まれるという実体の問題ではなく、我々の心の中に仮想の空間を作ることであると考える。ただ単に「イメージに欺されて個々の商品を買っている」とか、見せかけの消費で見栄を張っている、という個別の問題ではなく、テレビ、映画、その他ありとあらゆる目に触れる風景の中につくられた仮装の消費空間に自分をあてはめるために欲望をコントロールされること、それが世界中で進行し、広がっていく。これがグローバリズムのもっともこわいところではないのかという問題意識を持っている。
 しかもやっかいなことにそれが明確なCMではなく、たとえば「ザ・エージェント」(スポーツ選手の交渉代理人を描く映画)の中では"NIKE"という言葉が一度しか出てこず、しかも選手を商品化しているという悪いイメージの中で述べられるだけらしいが、それは映画会社側にリーボックが150万ドルを払っているからだという。そうやってイメージが知らず知らずの間に我々の生活というより心の中にまで入り込んでいる。
 実際、Buy Nothing DayのCMをテレビ局にスポットで持ち込むと、きちんとお金を払うといっても断られたという。結局テレビ局は、「テレビがつくる消費仮想空間をJamするCMを流すことはできない」ということのようだ。

 カルチャー・ジャマーたちは、そこに風穴を開けようとする。上に書いたリーボックの話でわかるとおり、ネタをばらしてしまうと、企業が何百万ドルもかけて行った操作が逆にその企業の命取りになりうる、だから企業はそのゲリラ戦を非常に怖がっているのだ。
 カルチャー・ジャマーはもはや左翼や右翼、エコロジストやフェミニズムなどという一定の理念に従った規律ある行動など問題にしていない。インターネットなどを使うことも含めて、ゲリラ的に、「ミーム」(小さな思想の単位、メッセージなど)を感染させていこう、それがカルチャー・ジャマーのやり方のようだ(彼らの代表的なサイト、ここに彼らがつくるCMなどがたくさんある。テレビ局に断られたというCMはこのブタの絵をクリック)。
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by luxemburg | 2006-07-04 21:10
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