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by luxemburg
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九条の会



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富士山から押しピンの社会へ
 今日はなんだかバタバタしているし、証人喚問もまだ見ていないけれど、ホリエモンと証人喚問という題のトラバもいただいたことなのでちょっと書く。



 先月21日のエントリーに書いた通り、真相の究明がこれからと言うところで強制捜査が入り、「あとは司直の手に」「捜査の妨害しちゃダメ」とばかりに証人喚問に幕引きをはかったことは記憶に新しい。
 今回もまた、証人喚問を妨害するかのように2年前の株価操作についてライブドアに強制捜査が入った。何だか本当に国家機関の私物化だな、という印象が強い。そもそも今日のブログにライブドアのことを書くこと自体マスコミによる撹乱、洗脳というB層戦略にまんまと乗せられているようでカッコ悪いのだが、やはり新自由主義との関係で皆さんが最近思っておられることだろうし、私自身も以前から書こうと思っていたことだからちょっと(以前は新自由主義とミクロ、マクロについて書いたが、今回は格差の問題)。

 日本の社会は、もちろんカーストもないし、SirだのLadyだのという因習もなく、比較的平等志向の総中流(これは実はウソで、選択肢は、上、中の上、中の中、中の下、下の中から選べ、というものだったらしく、そりゃ、上や下を選ぶのは相当勇気がいるわな)社会といわれていた。総中流というのが一定の操作だとしても、それをよしとする文化はあったと思う。
 そんな社会にあっては、人々に差があったとしてもいわば富士山のようなもので、中腹から少しすそ野に近いあたりでもまだまだ下が広がっている(下を見て安心するというのも何だかいやしい観念ではあるが)という感じがあった。なだらかな斜面で、確かに上を見ればキリがないとしても比較的安定して人々は生活していた。
富士山から押しピンの社会へ_e0068030_13251212.jpg

 新自由主義の社会は、富士山の形が押しピンに変わったような社会で、真ん中に極端に富が集中する。その押しピンの真ん中あたりで必死にしがみついている人を想像して欲しい。富士山の中腹のような安定でなく、急な斜面にしがみつく人を。きわめて中心に近いにもかかわらず、いつ真っ逆さまに滑り落ちるかわからない人たち。


最近の、100%イエスマン、権力にこびるマスコミ、コメンテーターたち、一方でちょっと批判した途端に一切テレビからおよびがかからなくなる知識人。そういえば、国会議員や有名学者、芸能人など、庶民から見れば比較的セレブといっていいはずの人が、妙に必死になって権力にこびている気がしないだろうか。それは押しピンの斜面にしがみつく人たちの姿だ。中心に近いからこそ必死にしがみつく。
 ピンから離れた人たちには、年収○○円時代の生活が待っている。そこはたいらで、以前の富士山のように少し努力すれば少し登れるという斜面ではなく、広大に広がる無気力と希望のない荒野だ。

 前の総選挙で権力に逆らう議員、著名人がどうなるかよくわかった。それが新自由主義の本格的な到来を告げる合図だった。ライブドアへの強制捜査で権力に逆らう経済人がどうなるかよくわかった。その権力が、単純に自民党政権なのか、もっと別のものなのかについてはまた考えるとして、今後みんな必死で押しピンのような急斜面にへばりつくだろう。新自由主義が深化した、と昨日書いた(今その記事は非公開だけど)のはそういう理由だ。
 落ちた偶像、堀江社長というのはB層の飛びつきそうなネタで、庶民が溜飲を下げる恰好のネタだ。またやられたな、という感じが強い。残念ながらお上が新自由主義を終わらせるということは考えにくい。
 ヒューザーのマンションを買って追い出された人たちはこの演出をどう見ているだろう。



 ぴんと来ない人のために画像追加。それにしても深刻な内容とは打って変わって何というか間抜けな絵。
by luxemburg | 2006-01-17 21:57
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