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「我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。」
「我々は、自由・・・を重んじ」と書いているのも主客転倒している。国民の自由を重んじ、権利を侵害しないようにするのは国家であって国民ではない。国民は他人の自由を尊重しなくていいのか、という話ではない。それ自体は大事なことだが、憲法に書くようなことではない。刑法に脅迫罪や強要罪が規定されていればそれですむだけのことである。また、民事的な損害賠償を認められることもあるだろう。憲法は、国民に配布される「夏休みの過ごし方のルール」ではない。憲法に何を書くべきであるか、ということ自体が未だに理解できない人たちの作った草案ということになるだろう。 自民党草案では、国が、国民同士が自由を重んじあっているか、という点に関与する、戦前の町内会や隣組の世界となっている。 また「規律を重んじ」、などという必要はない。なぜなら、自由というものはもともと制約が伴っている。いったん、無制限に自由を拡げておいてあとから成約する、という考え方はしないのが日本国憲法の考え方である。例えば3人でクイズ番組に出場し、賞金を30万円もらったら、最初から一人10万円、と誰でも思うだろう。まず、30万円とる「権利」があって、それが他のメンバーのために制約される、という考え方ではないのだ。 どこが違うのか、どうせ10万円ではないか、と思うかもしれないが、実は違う。最初30万にしておき、「何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ」という名目で10万どころか、事務所の取り分などがいつの間にか紛れ込んで5万や1万になる可能性だってある。昔から、物を知った風の大人が「何でも無制限に自由になるわけじゃない」といって、本来必要もない制限を肯定することが多いが、そういう危険というものがわかった人が憲法を作らなければならない。 それに続く言葉は、「教育や科学技術を振興し」であるから、その相互監視は、結局国家の目的のためにある、ということである。その国家の究極の目的は何か、「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」。これはもう少し昔の言葉を使えば、「国と郷土を誇りをもって自ら守り」と合わせて、「富国強兵」ということである。
結局、基本的人権を否定し、さらに国民は国の目的のためにあり(近代立憲主義の否定)、そして、国民は富国強兵のために存在する、これが自民党草案の目指す世界であることを第四文は表している。 つまり、憲法改正とは、「国民があって、そのために国がある」という、人間が実在し、国家をその手段とする機能的な国家観から、「国があって、そのために国民がいる」という、国家が実在し(それが「国体」なのか神の実在なのかは不明)、国民をその手段とする機能的な国民観への見事な転換と言える。コペルニクス的転回というべき事態であるということになる。 女王蜂一匹のために、ほとんどの鉢は働き、文字通り虫けらのように死ぬ。だが、この集団の本体、すなわち受け継ぐべき遺伝情報を持っているのは、女王蜂だけなのだから、女王蜂あっての集団である。その一本の遺伝の糸をつないでいくための手段として他の虫けらたちは存在する、それはそれで合理的な生き残りの方法である。ただし、それは国民の生き残りのための合理性ではなく、国家それ自体の生き残りのための合理性ということだ。 国民のための憲法ではなく、国家のための憲法、国体のための憲法。だから自民党草案の前文は国から始まる。そして国民はその国のための手段。 それでも国家のほうが大事だという考え方もあるかもしれない。だが、いつの時代も、どこの国でもそうだが、国というものはみんなに利益をもたらすのではない。国を守れと言われてそのために駆り出される人間と、国に守られている人間がいる。国は、おおやけではなく、彼らの私物である。国は特に日本や北朝鮮のように、国家権力が世襲できている国は、その私物化の度合いは極めて高いだろう。会社のために、と思う前に、会社が栄えたときに誰の給料が上がるのか、自分もそれに一体感を感じることになるのか、使い捨てられるのか、よく見極めてから愛社精神をもったほうがよい。
by luxemburg
| 2016-07-26 20:47
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