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この国はちょっとやばいんじゃないか、という意識の人は相当いると思う。私の場合トロンとマイクロソフト騒動の時に、これはちょっとまずいな、と思った。
トロンについて知らない人はこちら。この事件だけでも何十兆という利益をアメリカに与えることになったと思う。その次はなんといっても長銀、新生銀行だろう。税金を投入して外資に売り払い(イコールフッティングだったんだ、買わなかった日本が公正な競争に負けただけ、というのはうそ)、その後も、日本企業を瑕疵担保特約(不良債権化すると、満額で政府に債権を買い取ってもらえる、特異な契約)で次々破滅に追いやった。 一方でクライスラーがネオンという小型車を出したことがあった。その時クライスラーは日本の自動車製造技術はすべて吸収したから、自分たちのほうが優秀なものが作れると豪語していたように思うが、はっきり言ってろくなものは作れなかった。 ということはアメリカは優秀で日本に勝っているのではない、日本はアメリカに泥棒されているだけだ、ということが90年代にほぼわかってしまったといえる。 こどもは外国にやったほうがよさそう 2001年頃だったか、私立の一番優秀な子たちが東大ではなく海外を目指す、というような話がAERAに書かれて、やはりめざといやつはいるものだと思った。長銀なんて日本の優秀な学生がたくさんいったと思われる、それがアメリカのハゲタカ、おそらくアメリカでは優秀な学生ではなかっただろう、その下で死ぬほど働かされることになるのだ、めざといというより当然の選択だと思った。 やはりこの選択のほうがよさそうだ、かなり前からこどもを留学させようと思っていた私はいっそう自信を得た。 さまざまな動機 留学させようとする人の考え方はさまざまだ。ただ単に若いときに外国を見せておきたい、という人もいるだろうし、上に述べたとおり日本でまじめに受験勉強するよりトクという考えの人もいる。 しかし、うちで考えたのは「生き残り」だとか「勝ち組、負け組」などの世界とは全く次元の違うところに留学させる、というものだった。 できるだけその国に適応させたかったので、できるだけ若いうちに外国に出そうと、1年間の高校留学、ホームステイという手段を選んだ。その前提として、小さいときから、家の手伝い、料理など、戦争を含めて日本の歴史について一緒に勉強したり、目指す国の語学を一緒にやったり、ただのガリ勉で何もできないというのではいやがられるだろうと、絵画など芸術関係のこともけっこうやらせた。 最終的にヨーロッパの北部を希望にして運良く留学機関で合格させていただき、一年間いってきた。今は日本にいるが、おそらく再度そちらの大学に行くことになるだろう。 行かせてみて、やはり予想通り「日本の戦争についてどう思うの」というような質問が出たようだし、芸術を一緒に楽しむサークルですぐに受け入れられたり、(うちの子は勉強ができる子ではないのだが)ある程度の成果は上げられたと思う。 ヨーロッパへの留学を終えて うちのこどもは日本やアメリカのような「生き残り」「勝ち組・負け組」という世界とは次元が違う世界を存分に味わってきたのではないか。帰ってきたときはそうでもなかったが、そのうち「日本の大人はなんだか不幸ね」とぽつりと言うようになった。 ヨーロッパではみんなが助け合って社会を運営していくという感じがする、というようなこと、仕事を早く終えて、みんなでいっぱいやり、酒場にチェスやすごろくめいたものが置いてあって、無邪気にこどものように遊ぶ、コミュニケーションはあるけど、なんだか日本みたいに人に差をつけて羨んだりするのではなく本当にハッピーな感じがする(高校生でも酒場に入れてもらって一緒にゲームをしたりしていたようだ)、という印象を持ったようだ。 勉強も「本当の勉強はこうだ、と何となく思える、日本の勉強は暗記と要領だけの人間を作っているわね」「なぜ人間は勉強しなきゃいけないか意味がわかった気がする」といいだした。もちろん生意気なだけかもしれない。しかし具体的になぜそう思うか、授業の進め方などきちんと話を聞くにつれ、なるほど、と思えることが多かった。 なぜヨーロッパだったのか うえに書いたとおり、「生き残り」などと何のはばかりもなく書いて、そうだそうだと働く人たちの国はどうも居心地が悪い。ロールズ正義論の私は、こどもが優秀でなければ生きていけず、優秀であることが人を押しのけ、「生き残る」ことを意味するのであればこどもを育てる意欲がわかなかった。 ヨーロッパが天国だとは思わない、だけど、東アジア共同体の入口にすらつけない我々からすれば目指すべき理想の一つの姿だとずっとおもってきた。だから、一つの賭けとしてヨーロッパに留学させてみた。私の期待に応えてくれたヨーロッパには感謝している。 で、留学といってもなかなかこういう視点で紹介しているところはないだろうと思う。ひょっとするとこのブログを訪れているブロガー同盟の方を中心にこういう案内に興味を持つ人がいるかもしれないので、もう少し費用の話その他具体的なことをいろいろ書いていこうと思う。それから、必然的にうちでヨーロッパからの留学生を1年間受け入れることになった経験についても。 第2回へ>
by luxemburg
| 2005-11-19 17:50
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