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写真は"ゆんフリー素材工房"さまより。背景はThe Momentさまからいただきました。ありがとうございます。
by luxemburg
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前に書いた留学生の素朴な疑問については、自分なりにいくつか答えを出してみたつもりだが、個別の疑問というより、なんとなく全体として感じたことがあった。それは留学生と話していて、違和感を覚えるほど何度も民主主義という言葉が出てきたことである。他の留学生と話していても結構感じていたのだが、私の英語力に合わせて、最低限のわかる単語にしただけかもしれないがそれにしても多い。
では国民は政府に何をさせるのか、その政府の役割、に関連してもいろんな話をしたが、我々は「改革」というイメージの中で、「民営化」「小さな政府」が正しい、というイメージを植え付けられている。小さな政府といわれただけで効率的で、いいもののように思ってしまうのだが、どの分野で小さく、どの分野で大きいのがよいのか、いくつかの局面に分けて考えてみる必要があると思っている。 1. 精神面に介入する政府=この局面では日本は大きな政府 例えば日の丸君が代を強制する。これは当然個人の精神の問題というよりその根本であるが、日本や北朝鮮はそういう問題に介入するのが好きである。華氏451度さんが問題にしておられる笑わせてくれます、教育再生会議では、子守歌を聞かせるなどまでお節介に提言してくれている。もっともパーソナルな空間、精神領域にまで国が口を出す、大きい政府の典型といえる。もちろん、日本は戦前から教育勅語をはじめとして、精神そのものに介入する神権政治の国であった。 こういうことをいうと、「教育勅語全否定はおかしい、情愛のことなどいいことも書いてあるではないか」(森元首相)という反論も出てくる。こういうのは立憲主義を理解できない人間の典型である。いいとか悪とかの話をしているのではない。そういう領域にまで国が介入してくるところが立憲主義ではない、ということなのだ。 2. 経費のかかる政府=日本は大きな政府 国民負担率、という言葉がある。どうも日本政府が好んで使いたがる指標らしく、スウェーデンは75%、日本は38%。おお、やはり日本は小さな政府。高福祉もいいけど、高負担も覚悟しているのか、となる。実はここにごまかしがある。実際には75%の負担のうち、53%は誰かの所得として再分配される。のこった22%が政府を運営するためのお金である。日本は38%とって15%がやはり再配分される。政府を運営していくためのお金は23%となる。 22と23、つまり日本の方が大きな政府なのである。日本の場合もっと大きい。22では足りずに、巨額の借金をする。せっかくお金を渡して「これでやってくれ」といっているのに、それとは別に多大な借金を作っている。一体何に無駄遣いをしているんだ、ということになるだろう。 集めた税金でやっていけず、借金まで作ってその利払いまで計算すると、おおざっぱに言ってスウェーデンの倍は使っているだろう。もちろんサービスの質は比べるべくもない。大きなどころか巨大な政府である。経費を使う国を大きい政府というのなら、日本は超巨大政府である。 3. 市場に任せる政府=日本は小さな政府 実は、この部分こそが本来の意味での大きな政府、小さな政府、である。ほとんどこの本来の意味を忘れて議論がなされている。 この意味での小さな政府とは経済を市場の自律に任せ、国は介入しなくてよい、とする。それどころか、介入はむしろ最適な資源配分を壊すという考え方である。税金などもあまりかけると市場をゆがめる(ただしタバコなど、需要をおさえるために税金をかけた方がよい場合は別)。 大きな政府はこれに対して、市場原理ではうまくいかない、市場原理に任せていて公園ができるか、というような考え方である。 この問題については、多くの人が100%市場原理でもダメだし100%国がやるのでもダメで、大体中間のどこかあたりが正しいと考えている。その中でも、市場原理でやるべきだ、できるだけ政府は介入しないという人がアメリカ型、できるだけ政府が役割を果たすべき、というのが欧州型、ということになっている。 4. この要素を組み合わせると・・・ ![]() 図表化するとこうなる。多くの方は小さな政府・大きな政府でこの図表のイメージを持っておられないだろうか。もちろんだまされているのである。 つまり、スウェーデン(に代表される北欧、ドイツなど)は、役割も果たすけど高負担だよ。それに対して日本は役割は小さいかもしれないけど、負担は小さい。さあ、どっちを選ぶかな、そういう選択の問題、と思い込まされている。 しかし、実際には違う。上で述べたとおりスウェーデンのほうが経費ははるかに少ない。なのに果たしている役割は大きい、つまり、こうなっているのである。 ![]() 本来私たちが求める政府とは、1,2で小さく、3で大きな政府ではないだろうか。簡単にいえば説教を垂れず、効率的で、働く政府である。 もともと市民革命は、1,2について大きな政府であることに対する反発から生じた。つまり、 1の点で精神的自由を認めず、国家が徳を体現するかのような国家を拒否して精神の自由を勝ち取り、 2の経費のかかる国家、特に戦費がかかりすぎる政府に対して異を唱えるのが市民革命だった。 3については革命初期には資本主義が初期段階にあったこともあってそれほど明示的なものではなかったが、現在では市場原理で行うべきことは縮小してきているという認識は常識になってきている。 本来日本もそうだったのだ。戦後の日本もまた、1、2については小さな政府、3については大きな政府を目指していたといえる。特に2の経費がかからないことについては軍備のない身軽さという点で他国より優秀なくらいだった。 ところが、1の精神的自由について政府の役割(介入)を大きくしようとし、2の経費についても上に書いた通り非常に大きな政府になろうとしている。さらに軍備をどんどん増やそうと考えているのだからいっそう2の点では悪くなっている。 そして、3については、欧州の多くの国が格差を是正するなど、政府の役割を大きくしていこうとしているときに、逆の方向に進もうとしている。 本来的に3の点、つまり所得再分配などの仕事は政府の存在意義とも言えるのであって、この役割が大きな政府は「大きな政府」というより「働く政府」である。 つまりいま日本が進もうとする道は、 1の点で「お節介な政府」であり 2の点で「燃費の悪い政府」であり 3の点で「働かない政府」であるといえる。 いやいや、どこの国だって似たようなものだよ。もっとひどい国だってあるし・・・、などというプロパガンダにだまされてはならない。民主主義をうたっている国で政権の主要部分が「世襲」で成り立っているのは、世界中で日本だけである。先進国という枠を外せば後は北朝鮮くらいのものである。それだけ、「おいしい」のである。政治家にとっておいしい国は国民にとってもおいしい国だというほどここの国民はお人好しだろうか・・・・。 ![]() ※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
タイトル : 「民営化」「小さな政府」が正しい というイメージの植付け
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タイトル : 「9条を語れ」 何のための、誰のための改憲か
大津留公彦さんのところで、You Tubeにアップされたクローズアップ現代「9条を語れ 平和は今」を見ました。 見逃していたので、大津留さんに感謝! それにしても経済活動を支えるために自衛隊を海外に派遣すべきだ、と...more
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通勤電車の中でたまたま拾った産経新聞に興味が湧いた。普段、購読していない新聞だけに、ワクワク感さえ与えられた。 産経新聞の4月18日付け「産経抄」を一読して、ビックリした。 政治記事に弱い私でもこの怪しげな論理にビックリした。 米バージニア工科大学の乱射事件に、「銃根絶に取り組んでほしい」と。この結論に何の疑問もないし、むしろ賛同したい。 ところが、この結論に至る前に、二つの論理が染み込ませてある。 その部分を紹介しよう。 〓米バージニア工科大学の乱射事件へのブッシュ大統領の言は「き......more
タイトル : 【書評】「最後の社会主義国」日本の苦闘
4月のあたまに書店で見かけて衝動買いをしてから、ようやく読み終えました。 「最後の社会主義国」日本の苦闘レナード・ショッパ (2007/03)毎日新聞社この商品の詳細を見る 今表紙を見返して、実は妊婦のシルエットが浮...more
タイトル : 信用できる人がお金を借りなくなることで代わりに国家に借り..
「貨幣蓄蔵機能」は害悪の根源です。しかし、貨幣蓄蔵が貸し出しの必要条件だとしても、利息取得の十分条件ではありません。>なぜなら、私達が、幸せに暮らすためには、物やサービスを生み出す「経済」が必要です。そして、経済が動くためには、どうしてもお金が必要になるからです。上の2行は超歴史的な現実だが、最後の1行は、近代経済社会特有の話で“どうしても”というわけではない。人の活動力が財やサービスを生み出すという労働価値説も超歴史的な論理であり、人の活動力があればお金は不要である。生存維持手段......more
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昨夜MLで下のセンテンスが届き、ぶったまげた。をれは、 夏芽さんから「自衛隊と闘わなければならなくなった」と電話がありました。 という内容。 え、どういう意味やねん……、拙ブログ「辺野古の闘い再び」にも追記したのだが、意味不明だ。信じられないニュースのため新たにエントリーする。...more
タイトル : 再チャレンジの場が戦争なのか
子供たちがまだ幼い頃のことですから、1970年代の後半だったでしょうか。 ご近所の奥さまが真剣に‘俗悪テレビ番組’を憂えて、反対運動をしないかと我が家にやってきました。とても潔癖なほど真面目な裏のない...more Luxemburg様 民主主義について最近疑問を持っています。選挙で議員を選ぶことが民主主義だと信じていましたが、小選挙区制と比例代表制により、各政党の支持率が同じであっても選ばれる人数が違うのですから、本当に国民が選んだ国会議員の政党の割合になっているのでしょうか。小学校の先生が多数決が民主主義だと言っていました。半数近くの人が反対していても、過半数が賛成なら可決というのでは国のような大きな集団では私は駄目だと思います。半分越えていれば何でも好きなようにして良いと考えているから、現在の政府は国民の声を聞かずに自分たちの考えだけで色々と決めてしまっていると思います。 もっと国民の声の反映された民主主義になって欲しいと思います。 美里さまおはようございます。
いまの誤った制度をごまかすために民主主義だとがんばってだまそうとしているのでしょうね。多数決とは直接関係がないと思います(国有化と社会主義が直接関係がないのと同じように)が、それでも歪んだ選挙制度というといっそう民主主義から離れますね。 大きな集団になると一層はなれていくと思います。その点でおっしゃるとおりだと思います。
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