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留学生の素朴な疑問・・・私の答え
 先日、留学生の素朴な疑問と称して、留学生にぶつけられた質問をただ羅列するエントリーをあげた
 本当は、この中途半端なままで終わろうと思っていたのだが、華氏451度さんが答えを書いてくださったので、私もこのまま放り出すわけに行かなくなった。で、私が彼に答えたことを書いてみたい。ただし、ブログでは、長くなるので1についてだけ・・・。

1.日本人はなぜ制限速度を守らないのか



 私の答えは「制限速度を守らない」のではなく「守れない制限速度を定めている」のである。
 誰も守らない、守れないようなルールを定めておき、別の見えないルールで運営する。時々恣意的にピックアウトされ、もちろん捕まった人間は「悪い」のではなく「運が悪い」ということになる。
 そのことはルールの価値を下げる。人は「ルールを守る」ことを覚えるのではなく「他の人(車)と同じことをしていれば安全である」と言うことを学ぶ、それが日本人の「理屈でものを考えるのではなく、他の人と何となく同じことをしていれば安全」という観念をもたらすのである、というようなことを説明した。
 留学生は「なるほど、つまり羊が集団でいたら目立つことはなく、肉食獣に食われないという原理だな」と答えていた。ここまでが留学生との会話である。
 彼の答えを聞いて、瞬間的に私は本多勝一さんの「羊遺伝子」の話を思い出してしまった。

◆ 「日本人の法意識」----お偉い先生たちは
 私なりにもう少し考えてみる。
 日本人の法意識、という話は昔からあって、その中に「ホンネとタテマエ」がある。
 法定の制限速度はタテマエであって、実際にはかなり超過して、「流れに乗った」運転をする。つまりまわりとの調和がホンネ、すなわち事実上の速度規制である。

 もとF1ドライバーの中島悟さんが書いていたが、ドイツで制限速度の標識を見て、日本と同じ調子でかなりオーバーした速度でカーブに入ったら危うくスピンしそうになったそうである。向こうではルールは国民のためにあるのだ。

 日本では、他の場面でも概ねそうなっていて、基本的には建前で物事を考えず、本音のレベルで物事が進む。むしろそれができない人間は、「融通の利かない」「理屈っぽい堅物」で「おもしろみ」がなく、「清濁併せのむ」という「豪気」のない人間ということになる。
 愉快とバンカラが支配するおおらかな欲望肯定主義。日本人の法意識とはそういうものである。
 しかし、時として建前が現れる。
 たとえば交通事故を起こしてしまうと「制限時速が40キロのところを10キロも超過して通行し・・・」という話になるのである。ホンネレベルで解決できないところまで行ってしまうと、いきなりタテマエの世界で解決する日本社会のハルマゲドンがあらわれる。過去の放逸は、徹底的な審判を受け、行き着くところまで行き着く。
 いつそのタテマエが現れるか、たとえば「人の死」である。たとえば飲酒運転におおらかな世界があったとする。今まで、「まあまあ」「なあなあ」だった。ちょっと飲んだからといっていきなり人事不省になることもないが、深刻な死亡事故が発生し、ホンネレベルで解決できないとなると、途端に飲酒運転は一滴でも悪、というような風潮が支配する。
 そこまで深刻な話でなくともたとえば学校で、ちょっと悪い子たちのグループが授業中に手紙を回していたりしたことがあった。ちょっとまじめで、しかも空気の読めない子がそのグループにたまたま入れてもらって、うれしくなって派手にやり始める。大きな騒ぎになると先生は突然、授業中に何をしている、と怒りだし、まじめな子がみんなやってます(ホンネ)と答えると、授業中は手紙、私語厳禁(タテマエ)だ、バカ者、となって当分はタテマエの世界になる。「タテマエ」を呼び起こしたまじめ少年(ただし先生の最高のお気に入りの子供だったりすると沙汰もちょっと違う)は、先生からも友人からも孤立する。

 と、ここまでが、法学者などが得々と話す内容で、曖昧な日本語を操るアジアのモンスーン気候のサルが遅れた農村社会の伝統を引きずったまま、表面だけ西洋のまねをしているからこんなことになるのであって、西岸海洋性気候と西洋合理主義を肌で感じたことのある人間から見れば嘆かわしい限りである・・・文章の行間に書かれている。

◆ 書かれないルールはどこにでも多少はある
 私はそうは思わない。実際には、留学生も言っていたが、書かれないルールというのはどの社会にも多少はあり、日本特有のものではないはずだ。
 若い子がブランドのものを持っているのはおかしい、とか、街並みを考えれば新築の家でもわざと古くみせるように作り、調和を乱さない、などのルールは多い。しかし、日本とはどこか違う気がする。
 私が思うに、日本以外では基本的に、市民相互が過ごすための「ヨコのルール」において書かれないルールが存在し、自治的にそのルールが守られるような社会がある。その実効性を担保する手段も書かれない手段である。
 しかし、日本では規制法規などの「タテのルール」を曖昧にしておいて、時々権力的な都合(たとえば「交通安全週間」というかき入れ時)で「運悪く」国民は「タテマエ」の壁に出会うのである。実効性を担保する手段はいきなり書かれた法となって現れる。

 この社会においては誰にも遵法精神などは育たない、というより育てないようにしている。周りを見て「運が悪い」事態を避けながらみんなと同じことだけをし、ルールではなく、他人とお上の顔色をうかがいながら生活する。理屈の通る場面はきわめて少なく、自分が何かをして変わる可能性もきわめて低い、そういう社会をあえて作っておく、これが日本の統治の仕方である。
 従って、お偉い法学者が言うようにまるで日本社会の特質として「ホンネ」の尽きたところに「タテマエ」が現れるのではなく、権力の都合で現れるのであって、日本人の法意識というより、日本の統治機構の実質的憲法なのである。

 従軍慰安婦を強制した「文書」はない、集団自決を命令した「文書」はない。権力に都合のよいタテマエが、毎日のように国民を苦しめる。

◆ 儒教による説明
 これは儒教によるものか、この点も留学生との間で問題になった。私は、タテのルールを不可視にする儒教は日本だけのものではないか、ということを話した。
 中国の儒教は、確かにお上のルールに従う従順な民衆を作る手段だが、中国では「国」と「天」は違い、「天」のルールに逆らった「国」は滅ぶ。今現在ある王朝はすべての善を体現したものではない。マックスウェーバーが中国の儒教をプロテスタンティズムになぞらえて説明したのはこの点だろう(ヨーロッパ屈指の法学部の大学院生らしく彼はその関係についてもよく考えていた)。
 しかし、日本は「国」が「天」であり、「国」の善は「天」の「王(皇)」に体現されている。天のルールが現人神に体現されることを「象徴」と言っているのである。日本における儒教は、天のルールに従うのではなく、国を理屈抜きに愛することを意味する。だから日本の「公」は「大宅」なのであり、publicはボスの個人的利益を表している。

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by luxemburg | 2007-04-25 07:05 | 留学ネタ
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