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ハイブリッドカーから考える政治のあり方
まわりの人から「環境オタク」と思われている私はよく「車、ハイブリッドにしないの」といわれる。
 逆にハイブリッドカーを勧める人に何が環境にいいの?と聞いてみると、ハイブリッドということは電気も使うんだからガソリン消費量が減るでしょう?という意見。
 そりゃそうだけど、電気だってどこかで作らなきゃならない。



 次にあらわれる意見が、「ブレーキのときに発電したものを次の動力に使うんだから無駄が少ない」。これはそのとおり。ハイブリッドは、発電機の抵抗で車を減速する。次の発進のときにその電気を少し使ってガソリン消費を減らす。
 しかし、それは発進・停車を繰り返す特殊な交通条件の下で有効なのであって、一定の流れに沿って走る場合には、発電はできず、ハイブリッドは無効、むしろあるだけ邪魔である。
 それに一回に貯められる電気の量もわずかである。1度信号で止められるときに回した発電機の分を次の発進に使うことは可能である。では、長い下り坂で発電した電気を使って、次の同じ長い上り坂を電気で登れるか。いまのところ、のぼり始めたら数百メートル走れば電気は尽きるだろう。結局、走り出してすぐ止まり、また走りまたすぐ止まる、という特殊な条件下でしか有効性は発揮できない。
 かりにそういう条件で有効だとしても、電池は一日に何度も充放電を繰り返すことになる。現在のハイブリッドカーが使う電池は我々が携帯で使う電池よりも性能が低い、前の世代のものといってよい。携帯やiPodで使う電池ですら充放電を繰り返すと性能が劣化するのに、それより悪い電池をその何十倍もの回数充放電を繰り返す、想像しただけでも使いたくないしくみである。

 「しかし、日本の現状では発進・停止が多い以上、有効ではないか」。ただ、どうしてそうしてまで混み合った場所で車に乗る?という問題はさておいて、ハイブリッドカーを作る環境への負荷、さらに電池の劣化などを総合的に考慮して本当に環境にいいのか。一台の車を製造し、廃車にするまでのトータルで見たらどうなのか、これを、ライフサイクルアセスメント(LCA)というが、もちろんメーカーはこの点でもいいんだと主張するだろう。確かに普通の車より製造段階では環境への負荷がかかるとしても大体10年で元がとれるという。車メーカーがおそらく最も自分達に都合のいい資料をつなぎ合わせてこの程度である。
 本当に10年のる?もちろん下取りに出して次の人が乗るでも構わない。全ての車がそれだけ乗られてやっととんとんである。しかし、最初の所有者が3年のって、次の人が5年乗ったらあとは海外ではないだろうか。そうしたら、発進・停止の少ない環境で乗るからかえって邪魔。それに電池の交換を考えると誰も買わない可能性もある。

 さて、ここからやっと本題で、環境にいい、ということを一人一人が心がけるのはとても素晴らしいことだ。ただ、みんなの力をあわせなければ有効性は極めて低い。ところが、そのちいさい力を合わせるなら、政治を変える方がはるかによい。

 例えば大都市のディーゼル規制にしても、根本的にトラックを減らす方法は結構簡単で、例えば長距離輸送を鉄道に振り替える(モーダルシフト)をやることは可能である。むしろ国鉄のときにそういう大局観に立って、運輸省が取り組むべきであった、というよりそれと逆行する政策を是正するべきであった。しかし、国鉄「改革」がもともと貨物駅の敷地を狙った不動産業者の思惑が絡んでいたのだから、政治は逆に国民生活を悪くしてきたといえる。それをディーゼルを敵視することが「実行力」であるかのような演出をしてみても何もよくならない。あいかわらず町はトラックで溢れかえり、睡眠不足のドライバーたちが子供を引き殺す事件も後を絶たない。ディーゼル規制で、買い替え需要の恩恵を受ける自動車産業は大喜びかもしれないが、流通コストは価格となって、ドライバーたちの疲労となって、事故となって我々のところに還ってくる。

 海外の自動車メーカーがハイブリッドにほとんど取り組んでいないのは、都市問題はハイブリッドのような小手先でやるべき問題ではないという意識があるからではないだろうか。

 個人の力しかないときは、「急発進をしない」程度のことしかできない。それをみんながやっても、単純な和にしかならない。しかし、政治の力があれば、都市計画の在り方をみなおすなど、高い次元のことができるはずである。

 そして、よい政治とは、禁止したり罰則を強化したり死刑にしたりすることではない。そのようなことなら政治家がいなくても、魔女裁判のような「民主主義」でもできる。政治にしかできないこととは、そういう脊髄反射のような発想で物事に対処しがちな問題に、より高い次元の解決をもたらすことである。

 そもそも愛知県知事の発言(障害者は弱い、悪い遺伝子)、埼玉県知事(自衛隊は人殺しの練習)発言などを聞いていても、我々はほとんどまともな政治家を選んでいないことがよくわかる。

 過密化した危険な都市と過疎化した地方からなるいびつな国家は、自動車産業を喜ばせて、税収は増え、それを私物化する政治家はうれしいかもしれないが、国民へのコストは極めて大きなものになっている。

 以前にも農業問題について書いたが、例えば農業を支援することでも、バランスのよい田園都市国家に生まれ変わることができる。
 私達一人一人にできることは自動車産業がふりまく環境コンシャスを向こうの思う通りに消費することではなく、公とはなんであるのかを考え直すことではないだろうか。

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by luxemburg | 2007-04-05 07:40
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