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もちっと語ってよ、安倍ちゃん----歴史認識
 自民党総裁選は関係者だけの内部選挙であってわしらには関係ないんだが、国民に大してアピールしようと本も出しているなら、もっとちゃんと語ってほしい。私たちはそれを求めるべきだ。



 安倍は著書で、「美しい国」と言う。しかし、そもそも中身を語れる人間は「美しい」などとは言わないんじゃないだろうか。
 例えば、ドシロウトが絵を見せられて感想を求められたら「美しい」でもいいだろう。色使いだとか、流派だとか詳しいことはよくわからないからだ。
 しかし仮にもその世界で飯を食おうという人間、画商であれ絵描きであれ、感想を求められて「美しい」としか言えないとしたら、とりあえず「実力なし」と判断するしかない。

 いやいや、それは本の題名だから、それだけをあげつらってみてもしょうがない、ちゃんと機会があれば中身を語っているよ、というのであればいいだろう。
 では、その中身の一つ、歴史認識はどうか。

「植民地支配と侵略」を反省し、謝罪した95年の村山首相談話について・・・「村山談話は歴史的な談話になっている。さらに何か談話を出すことは必要ないのではないか。歴史認識については本来、歴史家に任せるべきものではないか」と語った。自らの歴史認識を談話の形で示す考えはないことを明らかにした
(asahi.com)

 安倍は村山談話についてどうも明確には「認める」と言いたくないらしい。後世の歴史家の評価にまかせるというのは、どこでそんな小賢しい言い回しを覚えたの、と子供に言いたくなるレベルの反応である。
 どんな言葉でも最初にひねり出したやつはすごい。苦し紛れとはいえ「記憶にございません」などは当時流行語になった。使い古された頃に言うと本当に陳腐に聞こえる。

 「後世の歴史家」。
 「後世」っていつ?「歴史家」って誰?

 結局ただ逃げてるだけ、こんな大事なことを先送りにすることしかできない人間。日本やドイツのような敗戦国にあって、敗戦の歴史にきちんとした評価ができない人間は、市民としてすら軽蔑される存在ではないだろうか。ドイツでは高校の頃、1年間かけてそこの部分だけを徹底的に勉強するのだ。それが市民としての最低限の常識だ。それについて自分の考えが述べられないだけで、軽蔑されるかもしれない。

 政治家というのは歴史家とは違う。例えば、歴史家は一定の資料をそろえ、それを精査するまで軽々しく評価はできないかもしれない。しかし、政治家は敗戦の翌日であっても何が必要か、これからの社会にとって何をなすべきかの政治的判断が求められる。
 もちろん、それが間違ってしまうこともあるだろう。しかし、安倍晋三は「闘う政治家」ではなかったのか?自分の判断を示して相手を説得し、また、場合によっては相手の意見を取り入れて恐れず修正する。そういう努力をしても、ひょっとすると判断を誤ってしまうかもしれない、政治家の中には国を追われ、もっとひどければ暗殺者におびえる運命を辿ることもある。そういう厳しい判断の中で生きていかなければならないこともありうる。しかし、安倍晋三は「この国のために命をかける」のではなかったのか?

 のらりくらりとはぐらかして地位だけを追い求めることを「闘う」とよび、「命をかける」というとは、ずいぶん日本語も変化したというしかない。
 後世の歴史家の評価があるまで判断ができないのであれば、「後世」になってから総裁に立候補してもらいたい。

 野党は、各候補者を挑発してでもいいから、きっちりとその判断を引き出してもらいたい。嘘をつかないのが政治家、という候補者がいるのなら、本音を引き出すまで食い下がって欲しい。部落出身者を総理大臣にするわけにはいかない、という政治家がいるのなら、その人間観を問いただしてもらいたい。
 こういう問題は、政治家だけの問題ではない。我々自身が戦争について考えをしっかり持ち、それをふまえてこれからの日本を考えようとすること、さらに政治家にはそれを厳しく求めるべきだ。上滑りな見解ではぐらかしたら、とたんに人気が急落する。「馬鹿にできない国民だ」と思わせていないからいけないのだ。

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by luxemburg | 2006-09-13 23:16
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