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お嬢さま、死刑廃止論を考える
 今日も西園寺麗子とばあやは、テラスでくつろぎながら、話している。しかし、今日はなんだか二人とも憂鬱そうだ。

麗子 :なんだか、最近死刑のことが話題になっているようですわね。

ばあや:はい、お嬢さま、光市母子殺人事件の犯人があまりに残虐な上、その後の反省もない、ということで最高裁は事実上死刑が妥当と判断いたしました




麗子 :でも、もともと死刑は残虐な刑罰じゃないの。

ばあや:一応判例では、火あぶりなどの方法は別として、死刑というもの自体が残虐とは考えておりません

麗子 :なんだか一般的には3人殺すと死刑といわれているそうですね

ばあや:はい、人々の気持ちがすさんでまいりますと、死刑を求める声が大きくなってまいります。今後は二人を殺せば、ということがある程度定着してきて、次は一人殺しても死刑というのが定着するのは時間の問題でございましょう

麗子 :でも、どう考えても死刑ということは国が殺人を犯すことになると思うのですけど

ばあや:まあそういうふうにいうのでしたら、逮捕や勾留も国が逮捕監禁罪を犯すことになるわけですから、そこはいいっこなしでございましょう

麗子 :いえ、私は刑罰の目的としてたとえば矯正教化目的があるなら正当化されると思うのですが、命を奪うとなると別のような気がします。どのように正当化されるのかしら

ばあや:一般的には、被害者感情、もうひとつは、抑止効果、さらに、自由刑はあくまでも改善可能な犯罪者に科されるのであって改善不可能なものに対しては、やむをえないという判断がございます

麗子 :そう、改善可能かどうかって判断できるのかしら

ばあや:おそらく無理ではないかと思われます。脳科学でも発達して、脳のこの部分がこうだから犯罪に至ったという原因がはっきりしたような場合であれば、別でございますが、仮にそのような原因がはっきりしても、その部分を除去する、これもまた時代が戻ってしまう感じもしますが、少なくとも死刑を根拠付けることは困難でございましょう

麗子 :では、抑止力はどうなのかしら

ばあや:それにつきましては死刑廃止国で凶悪犯が増えているというデータはないようでございます。ですから死刑が抑止力になるというのは困難でございましょう

麗子 :ということは、残るのは被害者感情ということね。被害者感情ってあだ討ちと同じ、復讐をしたいという気持ちなのかしら

ばあや:そのあたりは秩序維持ということと、もう一つは感情論の部分がございます。つまり、犯罪者がすぐに許されてぺロッと舌を出していたりすると、被害者の遺族が加害者を殺しに行く、そうするとまた報復と、社会の秩序が維持されません。ですから、現実問題として、すごく軽くするということは困難でございましょう

麗子 :感情論の部分はどうかしら、やはり遺族が悲しんでいるのを見て心を動かされない人はいないと思いますけど

ばあや:そうでございますねえ、その感情がどの程度本物かについてはなんとも。たとえばイラクの子供たちが殺されていく映画「リトル・バーズ」を見ると、心が動かされ、こんな戦争間違っている、すぐに止めろという気持ちになるのでございますが、ブッシュをつるせ、という人がそれほど多いかどうか、つまり被害者に対していっしょに涙を流すのが本当に報復という結論になるかどうかは疑わしいと思います。
 また今回の殺人事件で被害者を見て心を動かされたという人がどの程度、もっとひどい虐殺について心を動かされるか。全体としてみていきますと戦争などについてはやむをえないと考える人のほうが死刑死刑と騒いでいるように思います。ですから、ばあやは手近なところでガス抜きをしているだけのような気がしてなりませぬ

麗子 :手近って?

ばあや:戦争となると話が大きすぎます。しかし、目の前の捕らえられた元少年は「ちょっと騒げば殺せる」相手でございます

麗子 :そういうことですか。確かに、アフガニスタンを侵略したのも、一種の復讐からですわね。ということは戦争賛成者と死刑賛成者というのはある程度一致すると考えてよろしいのでしょうか

ばあや:そうでございますね。結局どちらも国家権力万歳、という傾向があり、民主主義とほ程遠い人間性の方といってよろしいかと思います。民主主義が高度に進んでいる世界では死刑存置派はきわめて少数でございます

麗子 :それにしてもテレビでもなんだか被害者の遺族の映像がとても長くて、そういう方向に引っ張られているそうね。そういう感情の前には、なかなか冷静な気持ちになれないように思います

ばあや:そうでございますね、われわれはテレビを見ませんのでよくわからないのでございますが、テレビを長時間見る人ほど小泉支持といわれたとおり、そういう操作はされているものと思います。結局みんなが国家のほうに寄り添う、そういう方向に引っ張られているのでございます

麗子 :それはわかりますけど、被害者に同情するのはいけないのでしょうか、人間としては非常に自然な気持ちと思いますし、「あなたはリトル・バーズを見ないで、本村洋さんだけを見たからだめなの」などというのもまたどうかと思うのですが

ばあや:確かに、被害者の涙が刑事裁判を動かしてきたといわれております。ですから当然法の裁きがあるべきでございましょう。犯人がなんの裁きも受けないというのは問題でございます。しかし、死刑でなければならない、というのはどうでございましょう。死刑になれば本当に遺族は救われるのでございましょうか。被害者は刑事裁判では戻ってまいりません。その上、考えてみたらわかることでございますが、身寄りのない人を殺せば刑が軽くなるのでございましょうか。もちろんそんなことを言う人はいません。そういう場合には個別の事情を捨象する、というに決まっています。しかし、重罰にするときだけ具体的な特定の遺族の涙を問題にするのであれば、軽くする場合も個別事情を考慮せざるを得ません

麗子 :死刑でも確かに本当に遺族が浮かばれるわけではありませんわね。でも無期懲役がいいともいえないのではないですか

ばあや:はい、結局刑事裁判というのは、命をよみがえらせる神がやるのではないのでどうしても無力でございます。そもそも裁判というのは本来事後的な埋め合わせのような部分があって、それに頼って正義を実現しようとすることに無理がございます。
せいぜい報復の連鎖を最小限食い止め、振り子のゆれに少しずつブレーキをかけて落ち着かせる、その程度のものでしかないということでございます

麗子 :もし本村さんが死刑を求めてすべての生活を賭けていたとしたら、むしろ不幸ともいえるわね

ばあや :そう思います。おそらく彼は、犯人が死刑になって、墓前に報告に行ったあと、自分がどのような気持ちになるかをあまり考えたことがないのではないかと思います。極端な話、日本がすでに死刑廃止国であれば、彼は公正な裁きを求めつつも、最終的な埋め合わせが不可能であることを知り、新たな人生を歩んでいたものとばあやは思います。そのことは、亡くなった方自身も望んでおられたことではないでしょうか。本村さんは、ご家族を失っただけではなく、その後の幸せもまた失わざるを得なかった、それがばあやにはいっそう悲しゅうございます。その上、死刑存置論者たちは、本村さんを神格化するあまり、生身の人間としての彼が新たな人生を歩むことを妨害する結果になったかもしれません。本当に罪深いことでございます

 たしかに、この事件もこの事件の後に起こったことも残酷ではございます。しかし、もし生き返らせる神がいないのであれば、死刑廃止国に生まれてきたほうがまだ救われたと思います。人々もまたどうやって犯罪を無くすか、その根本原因に直面しようとするでございましょう。
 もちろん、加害者はふざけきっております、生きている価値のない人間かもしれません。また弁護士の対応はどうだったというのも議論のあるところ(彼はていねいに資料を調べようとしただけ、という方もいらっしゃいます)ではございます。しかし、ばあやはそれ以上に刑事裁判の持つ怖さと限界、残された人の人生という観点から、死刑ということには反対でございます

麗子 :ばあや、今日はまじめだったわね

ばあや:はい。ばあやは本当に悲しんでおります。いつまでも不正に殺される人たちがあとをたたないことを。瀬戸内寂聴さまのおっしゃるとおり世の中は不条理なもので、すっきりした解決を得ようと思うこと自体に無理があるということなのかもしれません

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by luxemburg | 2006-06-22 20:30
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