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自民党改憲草案について(前文その2)
前回の続き。自民党改憲草庵前文を順に読んでいっている。

第二文
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。


自民党草案は戦争ではなく平和主義を放棄する


 この部分は、平和主義を導く、日本の憲法にとっては極めて重要な一文となるはずのところである。だが、第一文に続いて、また国が主語となっている。国民が平和の主体であり、客体でもあるとする日本国憲法と大きく異なるところである。

 日本国憲法では、ここの論理は、当否は別にして非常に明快である。
「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」する。自分は戦争を起こさない。そして、基本的な安全保障の方法は、続く文章でも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」ということだから、平和主義の意味内容は明らかである。自分から戦争を起こさないことはもちろん、侵攻されることもない、要するに二度と戦争はしない、ということである。

 一方、自民党草案では、戦争について、「先の大戦による荒廃」とのみ述べている。日本国憲法とことなり、被害者の側面を強調する、というより被害者の側面しかない。つまり、前回はやられたのだから、「今度は周到に準備して、二度とやられないぞ」というのが平和主義となる。
 ただ、「諸外国との友好関係を増進」というので、日本国憲法と共通の理念を持っているようにも読めるが、それに続く文では「国と強度を誇りを持って自ら守り」としていることから、他国からの侵略戦争があることを前提としており、だとすれば、ここでいう「友好関係」とは、特定の国とは仲良くするが、そうでない国とは敵対する、という意味にしかならない。それはどこかの国と組んで、別の国と戦争をするという決意を表しているとも言える。
 自民党草案は、日本国憲法と正反対のことを述べているということである。それが現実的か非現実的かは別として、これを平和主義といっていいのかどうか、評価の分かれるところだろう。最も好戦的で侵略的な国家の憲法もだいたいこんな感じなのではないかと思われる。というのは侵略戦争は自衛戦争と称して行われるからである。

「名誉ある地位」は自慢ではない


 次に、「幾多の大災害を乗り越えて」・・・というのは、多くの台風被害、水害や、兵庫、新潟、東北の震災などを指すのだろう。これを憲法に書いて何の意味を持つのかはわかりにくい。「発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており」というのは、GDPのことだろうか、ここも意味不明である。憲法とは自慢も含めて、言いたいことを適当に書く散文になってしまう。ここはおそらく、日本国憲法の「名誉ある地位を占めたい」に対応することを書いたつもりなのだろう。終戦直後の時点では「占めたい」だった地位が、もはや「重要な地位を占めており」という段階まで達成されたんだと言いたいの。そこには、どこか「もはや戦後ではなく、日本は敗戦国ではない」という意味合いが含まれているのかもしれない。そのことは別に否定されるべきものではないが、憲法に書いても仕方がない。
 問題は、草案がマネをした、日本国憲法の「名誉ある地位」とは何かということだろう。大西洋憲章(Atlantic Charter)第8条は、「平和を愛する諸国民(peace-loving peoples)にとって壊滅的な軍備負担を、軽減すべきその他の一切の実行可能な手段を援助し、進める(They will likewise aid and encourage all other practicable measure which will lighten for peace-loving peoples the crushing burden of armaments.)としているが、諸国民を苦しめる軍備の負担をなくす、すなわち軍縮を進めていこうとする、そんな崇高な目的を持った国際社会の先頭に立つ(まあ、1番でなくても2番でもいいのだろうが)決意である、それが「名誉ある地位」だというのである。決してGDPで他国に勝ったなどという、卑小な目標を「地位」などとは考えていない。これが日本国憲法の平和主義である。決して何もしないわけではない。
 この努力があって初めて、他国からの侵攻はない世界が実現できるということである。

草案では時代に合わない過去の憲法になる


 ここで、条文の細かい文字を離れて、そんなことが可能なのか、それは「脳みそお花畑」問題になる。ひとつは上に書いたとおり、やってみないとわからない、ということである。例えば、ノルウェーは世界的なクラスター爆弾禁止条約を、世界の先頭に立って実現した。実に「名誉ある地位」を占めたことになる。その役割を、本来ならば日本がやらなければならない、そこまでの努力をする前にデキっこない、というのは、少なくとも現行憲法の立場ではない。それをやった上で、出来なかったというのであれば、その時に初めて”憲法は時代に合わない”といえばいいのである。
 もうひとつ、実は大西洋憲章の時は、戦後の冷戦、など考えていなかった。だが、日本国憲法が制定される当時は、冷戦が始まっていて、実は日本国憲法は制定当初が最も時代に合わない憲法だった。ところが、その冷戦時代、何度も第三次世界大戦かと言われた時代を、この時代遅れの憲法は乗り切って、平和を守りぬいた。1991年に冷戦も終わり、大西洋憲章が予定した世界の秩序に再度復帰した現在、憲法は時代遅れどころか、時代が日本国憲法に追いついてきたともいえる。ある意味で、これから実現すべき世界そのものが日本国憲法の時代になろうとしているのであり、再度、日本がその先頭に立つチャンスと言える。ノルウェーに先を越されてしまったが、1番でなくても2番でもいい。まだまだ世界平和のためにやることはたくさんある、どころかこれからである。「平和憲法を持つ日本」が発する言葉は重いはずだ。
 もし憲法を変えれば、もはや平和憲法を持たない、、連合国にとって、旧枢軸国がどのように映るだろうか。

平和主義における『平和』とは何か


 このように、日本国憲法と自民党草案、正反対の平和に対する考え方が出てきたわけだが、平和、とは何なのか。日本国憲法から見れば、自民党草案のような「平和」なら、真の平和ではなく、「領主たちの休戦協定」に過ぎないことになる。互いに武器を突きつけ合いながら、今のところ、まだ切りつけるには至っていない状態、そういう状態を平和とは言わない。一方、日本国憲法の目指す平和は、他国の文化を尊重すること、と言えるだろう。例えば、白人たちが、ネイティブ・アメリカンのところへやってくる。ネイティブ・アメリカンの人たちは、危機を感じ、慌ててヨーロッパ大陸から武器を輸入し、軍隊を訓練してそれに対抗する。白人は、相手が強いとなれば好き勝手はできない。その結果、確かに武力衝突は避けられるだろう。だが、それは平和ではない。すでにネイティブ・アメリカンの文化は失われ、皮膚の色の異なる人たちが建国した「アメリカ」が出来上がっているだけのことである。かれらはやがて、メキシコを騙して土地を取り上げ、ハワイを侵略するだろう。
 一方、もし、白人が入ってきたときに、自分たちとは全く異なる人々の文化を尊重し、互いを信頼し合い、ともにアメリカの大地で生きることを選び、共存しあう道を選ぶなら、それが、おそらく日本国憲法が掲げる平和主義に最も近い姿と言えるだろう。
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by luxemburg | 2016-07-19 22:08
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