とりあえず、のブログです
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自民党改憲草案について(前文その1)
 少し時間に余裕もできたので、ふと思ったことなどを書いていきたいと思う。10年ぶりくらいになるが、こちらのexiteブログは、ちゃんとした主張を中心に、fc2はマスコミ報道についてのコメントなどを中心に書いていこうと思っている。

 今回は、先日の参院選で、争点隠しと言われた、憲法改正について、田村淳とかいうコメディアンが、自民党の草案を読んで、これで日本が大丈夫かそうではないのか、を考えて投票した、と言っていた。一方、そんなこと深く考えなかった自分を反省し、自民党草案でもちゃんと取り上げてみようと考え、書くことにした。まず前文だけで、何回かに分けて書くしかないだろうが、こんな調子で最後まで行くのだろうか、と思うが、飽きたらやめるだけだ。

自民党草案前文
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。


日本国憲法前文
 日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,われらとわれらの子孫のために,諸国民との協和による成果と,わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢(けいたく)を確保し,政府の行為によって再び戦争の惨禍(さんか)が起ることのないようにすることを決意し,ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。そもそも,国政は,国民の厳粛(げんしゅく)な信託によるものであって,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受(きょうじゅ)する。これは人類普遍(ふへん)の原理であり,この憲法は,かかる原理に基くものである。われらは,これに反する一切の憲法,法令及び詔勅(しょうちょく)を排除する。
 日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高(すうこう)な理想を深く自覚するのであって,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従(れいじゅう),圧迫と偏狭(へんきょう)を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において,名誉ある地位を占めたいと思う。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免がれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは,いずれの国家も,自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって,政治道徳の法則は,普遍的なものであり,この法則に従うことは,自国の主権を維持し,他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。


前文の性格


 前文は、一般的に憲法制定の由来や基本原理が記述されているため、単なる枕詞や挨拶ではなく、極めて重要な意義を有している。また、日本国憲法という題のあとに書かれているので、憲法の一部とされている。したがって、この前文は、憲法だけでなく国と国民のありかたを定める、極めて重要な意味があるとされている。

日本国憲法前文の定め方


 日本国憲法は、日本国民を主語とする文で始まり、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義への決意を述べて、そのために憲法を定めたと規定している。ちょっと三つの原理をあわてて詰め込んだ感じもあるが、まあ、平凡な書き出しと言っていい。ただ、明らかに「政府の行為によって戦争の惨禍」が発生してしまったという反省が込められているとも言えるため、ちょっと恥ずかしい文章と言えるかもしれない(いくつか恥ずかしい文章はあって、例えば「第36条(拷問・残酷な刑の禁止) 公務員による拷問及び残虐な刑罰は,絶対にこれを禁ずる」は、先日までやってましたと言っているようなもので、これは消したい、という気持ちもわかるが、戦争の歴史を語り継ぐ必要があるという観点からは、残したほうがいいとも言える)。
 「諸国民との協和による成果」はわかりにくいのだが、大西洋憲章の第4条で「大国、小国または戦勝国、敗戦国を問わず、一切の国がその経済的繁栄に必要な世界の通商および原料の均等条件における利用を享有することを促進する努力をしなければならない」と定め、戦争後の世界において、敗戦国だからといって繁栄が妨げられることがないとする、諸国民の信頼の成果が得られることを表しているのであろう。
 「自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意」はわかりにくいのだが1928年のケロッグ・ブリアン協定(不戦条約)で、人類の福祉を増進し、「その人民をして、本条約の規定する恩沢に浴せしめ、もって国家の政策の手段としての戦争の共同放棄に世界の文明諸国を結合せんことを希望」する、つまり戦争は最悪の人権侵害であることを明確にした、その理念を反映している。
 ただ、第二文は、国の在り方について、国民が信託することによって国家ができる、とする国民→国家という順序がまもられ、社会契約論の立場に立脚していることがわかる。世界標準の近代立憲主義に立脚することを宣言している。この点も当たり前すぎる内容で、理念としては、大日本帝国憲法のような憲法をはっきりと拒絶する、としていることになる(形式としては、大日本帝国憲法を改正して、日本国憲法ができたことになっているが)。

自民党草案前文について


 自民党草案では、憲法の始まりが、「国」になっている。まず国民があって、その国民の決意によって憲法ができるとする日本国憲法と正反対の定め方と言える。この点は、大日本帝国憲法の第一文が、「朕(=天皇)」から始まることに対応している。
 次に、いきなり、国そのものについて語り始めるのだが、日本国が「長い歴史と固有の文化」をもつ、という。

草案における国家観の特異性


 これについては、そもそも国家論として争いがある。一般的に近代国家は17世紀半ば(1648年のウェストファリア条約。それまではおそらく、国境などの概念もなかったものと思われる)に誕生したと考えられており、それ以前には「国」はなかった。日本でも、「正月はクニに帰る」という時のクニは、故郷のことであり、各地方、もしくは各藩以上に、「国家」というものは国民の意識の上でもなかったものと考えられている。日本の場合、明治維新前後で、国家というものが意識されるようになってきたのであり、むしろ、他国よりも200年ほど遅いともいえる。
 したがって、国としての長い歴史という自体がフィクションである。ひとことでいうと、その辺の国とは違い、この日本だけは古代から続く特殊な国家である、ということになる。このテの発想は、ムッソリーニが1922年のローマ進軍の際に「古代ローマの復活」をいい、ヒトラーが「ドイツ第三帝国」を主張したのと同じく、自分たちの国は特別に選ばれた国であり、こんな伝統を持っている、とする、神話的国家観ともいうべき思想に立脚した、およそ近代国家とは異質な、独特の国家観に立脚していると言える。
 さらに「固有の文化」を持つのはいずれの国でも当然のことであり、日本国は固有の文化を持つ、と言うことは、日本国憲法が「諸国民との協和」という相互尊重を最初にあげている表現と著しい対照をなしている。

草案は近代立憲主義に立脚しない独特の憲法観


 次に、自民党草案は、国民主権、三権分立を並列的に並べているが、日本国憲法では、三権分立は「憲法の基本原理」ではなく「統治の基本原理」とされている。なぜか?それは、日本国憲法が近代立憲主義に立脚するからである。
 近代立憲主義とは、国民が自らその人権を守るため、国家を作って権力を信託し、人権を侵害することのないように、統治の各機能を区別、分離し、相互に抑制を図るために三権分立を定めたのである。したがって、基本的人権の尊重がまずあって、そのために国家があり、その国家の機能は三権分立でなければならない、という順序となるのである。だから、基本的人権尊重、国民主権、平和主義が日本国憲法の三原理とされ、三権分立はそれを支えるための「統治の基本原理」として一段下に控えることになるのだ。
 したがって、自民党草案は、近代立憲主義を考慮しない、先進国の憲法としては極めて特異な憲法をさだめる、と言っているのである。国民主権と書いてはいるものの、そこには「国」しか登場せず、国が臣民のために与えた形をとる大日本帝国憲法により近いということができる。
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by luxemburg | 2016-07-19 12:37 | 憲法
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