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前の回、右翼と左翼は協力できる余地がある、ということを書いた。それは、226事件の背景となった社会への義憤という点で共通する、つまり一方に100円で売られる少女、同じ国において100円の衣服を買う金持ち、社会の仕組みに疑問を持つのは当然ということだ。
そういう意味では人間が持つ「正義感」というのは、それほど違いがないものだ。 本当は、じゃあ右翼と左翼とで対処がどう違うか、という話にいこうと思ったが、一回お休みして、若干本筋からそれるけれども、次の話とも関連するので、正義とは何か、私が考えるところをちょっと。 「正義って何?」といわれてすぐに答えられる人はいるだろうか。 正義とは平等 人が義憤を感じるときというのは、たいてい不平等である、フェアでないという観念が働く。絶対的にこれが正しい、ということは自然科学ではあるとしても、社会などを見るにあたっては、そうでもない。 人間というのはバカなもので、賃金が低いという場合ひとつとってみても「自分の生活に絶対的に必要なものはこれこれだから賃金が低い」とは考えない。たいていの場合、似たような仕事をしていると思われる人と比べて、自分の賃金は低い、不当だ、と感じる。 私も含めて人間は他人との比較でしかものを考えられない、その程度の存在であるように思う。同じ25度に設定されたエアコンでも、真夏に入ってくれば、寒いとすら感じるし、真冬だと常夏のように感じる。こういう例はいくらでも挙げられ、身近に比較できるもので近視眼的に比較してしまうものなのだろう。 だからそれを正面に据えて、正義を考えなければならない、ということになる。 ロールズの正義論 そこで、以前にも書いたがジョン・ロールズは「正義論」の主要なテーマを平等においた。正義の基本は平等であると考えたのである(この本は大著で、いろんなことが書かれているが、結局最終的にまとめるとこれに行き着くと思う)。 ロールズは正義について二つの原理をあげ、 第一原理:すべての人間が平等に最大限の自由を持ち、 結局、能力の高い者が異なる扱いを受けるのは、それが社会のほかの者に利益をもたらす場合に限られる、と考える。だから、能力が高いからと、それを利用して他人を押しのけて私的な利益を得るということは不正義であるということになる。 この観念は、それほど特異なものではなく、人間が他人との比較でしかものを考えられない動物であるとすれば、若干バリエーションがあるにせよ、当然に出てくる正義観念であると思われる。 そうすると、226事件で「甘い汁を吸う」権力者たち、財界の実力者たちは、不正義を働いているということになる。ここまではおそらく左翼も右翼も何ら変わらないということになるだろう。だからやはり右、左ということなく、協力可能な前提はあるといえる。 ※ 余談だが、前にロールズ正義論のような男はもてると書いたが、それは、能力が高いことが責任を伴うと考える人間、という意味である。能力が高いとそのまま他人を押しのけていい生活、というのが何となく日米共通の観念だが、ロールズ正義論の第二原理では、その能力は他者の利益のために使われなければならないことになる。 平等観念は若干幅がある ただ、ここでの平等観念はある程度の幅がある。自由な競争を認めるとして、数%のものが億万長者、自殺者が続出、というところまで差がついても当然と考えるという人は少数だろう。逆に、どんなに努力しても、税金で持って行かれ、何もしなかった人に平等になるまで与えられる、というシステムまで認める人は少数だろう。その中間のどのあたりで手を打つかはいろいろある。 現在行われている「改革」はどちらかというと、競争に負けたら退場して当然、という方向に進んでいるように思われる。それでも各人に機会が平等に与えられるのであれば、それは平等だということなのだろう。 しかし、社会学者が各種の統計を取ってみると、ある程度結果の平等が確保されなければ、機会の平等もまた確保されない、というのが一般的であるようだ。 それに日本社会の場合、現在の指導者、次をねらう指導者とされている全員が世襲議員である。世襲というのはもっとも平等から遠い。 やはり、右、左にかかわらず、この社会ではまずいのではないか、ということになる。
by luxemburg
| 2005-11-17 22:35
| 右翼とか左翼とか
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